レビュー: 松本ハウス「統合失調症がやってきた」

統合失調症は、統計上100人に1人は罹患している計算になる病気で、身近にいたっておかしくないはずなんだけど、自分も直接の知り合いで統合失調症の人、というのはいない(2ホップ先にはいる)。そんな統合失調症がどんな病気なのかを理解するための、とてもよいとっかかりになる本だと思う。アルバイト物語の部分などは、統合失調症と関係なく、単なる読み物としても面白い。

(以下で病気について意見を書きますが、私は医師ではないので、なんらかの決断をする場合、この文章を鵜呑みにせず、必ず精神科医に相談して下さい

この本で描写されている統合失調症の症状は、自己臭症、幻聴、幻覚、無気力感と、結構典型的だ。中学のときの「臭う」エピソードでは、お母さんからは「臭わない」、お父さんからは「人間だれしも多少は臭う」と言われているが、そういう対処は効果がない、というのがわかる。これは、周りの人間がどう対処するべきかが示唆されていると思う。統合失調症は脳内物質の乱れが強く関係しているので、思い込みとか考え方の問題ではなく、解決するためには、とにかく早めに精神科医の門を叩くべきだ。

症状の進行についても、ありがちなものだけど、それゆえにとても参考になる。自己判断で減薬してドツボにはまり、入院と薬の変更を経て、副作用はありつつも症状は寛解する、という経過を辿っている。勝手な減薬が、一時的には問題ない気がするけど結局はダメなんだ、というのが実例で理解できる。

本を読んでみて、寛解してこの文章を書いているハウス加賀谷さんは、相当賢い人なんじゃないだろうか、と感じた。因果関係が破綻していないし、想像力も豊かだ。薬の自己調節が破滅を招いたこともわかっているし、幻覚として現れたスナイパーを、『今考えると、潜在的にずっと抱えていた「この体を壊してしまいたい」という願望が、スナイパーの幻覚を生み出したのかもしれない。』と分析してみたり。統合失調症によくある連合弛緩を微塵も感じさせないのは、元々論理的な思考をするのが得意だったんだろうなぁと思わせる。

医学的な間違いを見つけられなかったのも驚きだ。医師ではない人の文章にはたいてい医学的に「?」という内容が混じるものだが、それがない(精神科医がみたらあるのかもしれない)。例えば、彼はたまたま「エビリファイ」という抗精神病薬で劇的に改善されたので、「エビリファイは効く!」と書いてしまってもおかしくないのに、ちゃんと、『間違えないでほしいのは、個人ごとに合う薬は違うということ』と書いてある。医師が校正したんだろうか? そうでなけば驚くべき正確さだと思う。

ひとつだけ気になるのは、機能不全家族であることが統合失調症の遠因になっているかのような記述順序になっていること。実際に機能不全家族だったんだとは思うし、そういう環境が発症に影響を与えないことはないだろうけど、幸せな家族にも統合失調症はやってくる可能性があるので、読み手はそこを誤解しないようにしたほうがいいと思う。